昨晩のひろめ市場でのかつおのたたきは美味しかった・・・
そしてよく眠れた・・・
今日の天気はカラッと晴れて待ち歩き散策日和である。
8:30ホテルをチェックアウトし、さぁ〜行動開始〜南国高知ならではの風景。
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ホテル三翠園の敷地に山内家下屋敷跡。
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なかには展示物がところ狭しと飾ってあり、夕顔丸の模型まであった。
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高知が生んだ歴史人の写真がある。田中三顕、岩崎弥太郎、後藤象二郎など、高知は志し熱い人が本当に多い。
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そして朝の鏡川もとってもきれいです。
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この近辺は龍馬が遊んだであろう場所だ。
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水路脇にたくさんのテントが張られ火曜市が開催されている。
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龍馬が剣術の稽古をしていた日野根道場跡だ。
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本当に鏡川のすぐ近くなんだね。
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そしてここが龍馬の生まれた町記念館。
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9:30から待ち歩きガイドの予約をしてあります。
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予約するほどでもなかったか・・私ひとりにガイドさんひとりがつき、マンツーマンで案内してくれるようである。
これは中央が龍馬、左が乙女ねえやん、右が近藤長次郎。
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まずは館内をぐるっと説明してくれます。これがまた詳しく丁寧なので本当に興味深かったですね。
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さぁ〜待ち歩きに出かけます。今日は火曜日なので火曜市があるようです。現在も東西に走る道に水路がある。慶応2(1866)年、城下の本格的な町づくりによって、町の中央に幅5間、長さ500間の水路を開き、金子橋から堀に落すようにした。この用水路に樋をかけて廓中の人々が利用する水でもあった。
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龍馬の生まれた町記念館より歩いて5分ほど、饅頭屋近藤長次郎の生家跡がありました。
龍馬の生家もこの近くだから本当にみんな近い場所で育ったんだ。
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そしてその近くに才谷屋跡(少し前は喫茶店だったようだが今は閉店しているらしい)
「才谷屋は坂本家の本家で、寛文6(1666)年に長岡郡才谷村からこの地に出て質屋を始め、後に酒屋や諸品売買業へと商いを拡大していった。八兵衛守之が最初だ。文禄から享保にかけて驚異的に発展し、播磨屋や櫃屋とならび称され、城下屈指の豪商にまで成長する。」
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才谷屋はもともと大浜姓を名のっていたが、明和4(1767)年、初代の太郎五郎の墓を建てた時には坂本姓を刻んでいる。この墓は直益が建てたとされるもので、坂本姓は直益の頃と思われるが、改姓の理由や時期を確証するものはない。三代目直益の長男八平直海が、本丁筋一丁目南側に分家したのが明和7(1770)年3月で、その翌年5月新規郷士となり坂本家が始まる。龍馬は直海の曾孫だ。
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この辺が才谷屋だったとされる場所。
現在、才谷屋の跡を明確にすることはできないが寛政4(1792)年頃の「上町分町家名附牒」によれば、現在の喫茶「さいたにや」の手前から南にかけて広く、南の水路も隔て更に南側までもあったのではと推定されている。
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水路脇にテントが張られ火曜市が開催されている。
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高知名産文旦食べたかったなぁ〜
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さぁ〜待ち歩きはどんどん進みます。気温も上がってきました。
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狭い路地を進む。勤王党弘瀬健太郎邸跡。
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そしてここが永福寺。
土佐藩では、江戸期になって入府した山内家の家臣たちが、旧支配者である長宗我部家の遺臣たちを差別待遇で扱っていた。いわゆる上士と下士(郷士)の対立が長く続いていた。
文久元年(1861年)3月に起きた井口村刃傷事件(いぐちむらにんじょうじけん) は、そのひとつの現れである。永福寺門前で、酒に酔った上士が通りかかった下士に因縁をつけ、無礼討ちにしてしまった。知らせを受けた下士の兄が、急いでかけつけ、弟の仇討ちとしてその場にいた上士2名を斬殺。
この事件により、高知城下にある上士・下士は全面闘争になりかけた。このとき下士側の代表格として矢面にたち言い分を主張し、上士側が要求した当事者の引き渡しをこばんだのが坂本龍馬であったという。
しかし、大規模な抗争が本格化すれば藩とりつぶしのおそれもあった。上士側では吉田東洋が、下士側では武市半平太らが事態の収拾をのぞみ、結局、事件の当事者の下士は切腹して果てた。当然ながら藩の裁定は上士側に甘かった。
この事件で、土佐藩の下士たちは不満をあらわにし、半年後に武市半平太が結成した土佐勤王党が下士たちを取り込んで急速に膨張する一因となった。なお、事件で殺害された上士2名は、 山田広衛(やまだひろえ)と益永繁斎(ますながはんさい)。彼らに最初に斬られた下士は、中平忠次郎である。上士の山田・益永を斬った忠次郎の兄は池田寅之進で、この寅之進と、現場から知らせに走って寅之進と行動をともにした宇賀喜久馬が切腹した。
この上士と下士(郷士)の対立をきっかけに土佐は沸騰していくのである。
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そしてここが平井収二郎のお墓。旧邸跡はこのあと行きます。
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平井収二郎は天保6年、高知城下井口村に土佐藩郷士・平井伝八の長男として生まれる。同年生まれの龍馬とは親交が深く、収二郎の妹・加尾は龍馬の初恋の人とも言われている。
幼少時より文武を修め、伊勢の朱子学者・斎藤拙堂のもとで学ぶ。
文久元年(1861年)土佐勤王党に参加、幹部に。
文久2年(1862年)には、藩主・山内豊範の上洛に随行。同年8月、小南五郎衛門、武市半平太と共に他藩応接役となり、その能力を大いに活躍させた。
しかし、勤王党の構想する藩政改革を推進しようと工作をし、そのことが山内容堂の怒りにふれ、文久3年6月8日(1863年7月23日)に間崎蒼浪、広瀬健太と共に切腹させられた。
獄中、爪書で辞世を残したことは有名である。
享年については29歳と28歳の2説がある。
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収二郎獄中の爪書きの辞世を妹・加尾が墓碑に刻するも藩吏が削除。維新後、再び加尾が碑を建て復刻。没後百四十年を記念し、加尾の曾孫・平井志治、西山澄子が建てた。
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そしてそこより程近い場所に坂本家のお墓があります。
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立派な墓位置の看板まで立っている。墓石は、手前右から、父坂本八平直足、直足妻、兄坂本権平直方、坂本権平の妻、2列目右から、八平直足の後妻、龍馬の養子坂本直(高松太郎)、坂本直寛の妻坂本鶴井・鶴井妹兎美、権平直方の妻、3列目右から、坂本権平後妻、姉坂本栄、姉坂本乙女、祖父坂本直澄妻、兄坂本権平直方の長男坂本富太郎、4列目、曾祖父坂本八平直海、坂本八平直海妻、坂本八平直海の女(むすめ)、祖父坂本八蔵直澄、坂本直寛後妻翠、兄権平直方の曾孫土居清一、土居昭夫の21人の霊が眠っている。そして、後方の墓域外の一角に「坂本栄密葬の跡」の小さい碑が建っている。
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そして平井収二郎 加尾の生誕の地跡。
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そして市電に乗って上町まで帰ってきました。
ガイド最後の場所は龍馬生誕の地。
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上町病院脇にある立派な龍馬誕生碑である。
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真下で見上げるとこんな感じ。
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この一角は龍馬生誕の碑を見に来る観光客が多いのだろう。案内板といすには龍馬を思わせるピストルや船のかじが描かれている。
ここでガイドさんとはお別れ。たっぷり3時間弱(予定は2時間)今まで知らなかった龍馬の歴史をしることができて本当に楽しかったです。いろいろな質問にも的確にそして真剣にお話いただいて感謝しています。
本当にありがとうございました。
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ガイドさんと別れて、歩いて高知城へ 急がねば15:13分の電車に間に合うように・・・
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走ってきたので暑い暑い・・・
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山内一豊の妻 千代の像。へそくりで名馬を買い入れた内助の功で有名。
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お〜天守閣が見えてきた。現存天守の名城である。
三層6階の天守をもつ平山城[ひらやまじろ]。初代土佐藩主・山内一豊が慶長6年(1601)に築城を開始。慶長16年(1611)、二代藩主・忠義の時に完成した。その後焼失したが、宝暦3年(1753)に再建。天守をはじめ、詰門[つめもん]や東西の多聞櫓[たもんやぐら]、黒鉄[くろがね]門は、いずれも重要文化財に指定されている。天守のある本丸は、全国で唯一天守・御殿などの建造物がセットで残る。
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波の透かし彫りの欄間。鯨をイメージした欄間は大河ドラマでも山内容堂がお城に登場するシーンではとても印象的でした。
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現代建築を取り入れたかのような天窓の光採り。
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天守閣からの眺め。
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多門櫓が迷路のよう・・
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出口にでたはいいけど案内板がないので迷子になった。さすが一豊の知恵と工夫が施されている。
すぐにわかるような道にはしないのね・・・
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平日で人も少なく十分みることができましたが、なんせ時間がなくなってきたので物足りなさはあります。
せめて追手門でガイドさんがいたのでつけて歩きたかったなぁというのはあります。
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桜はつぼみがしっかりかたくなったままでした。
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青空のもと雄大な高知城。
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一領具足の展示物。
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そして念願のアイスクリンを食べた。
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そしてホテルに荷物を受け取り路面電車に乗って駅まで向かいます。
そして高知駅前にある銅像も写真に納めなくっちゃ。
新しくってなんか趣きがない気がしますけど・・・
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駅前のとさてらす(観光案内所)
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まだ電車の時間が少しあるので幕末士志社中館に入ってみることに・・
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NHK大河ドラマ「龍馬伝」のロケに使われた撮影セットが残されています。
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せっとはスタッフのこだわりが随所感じられる〜
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ここで乙女ねえやんと会話するシーンあったよね。
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龍馬の部屋。小二階のように映像では映っていたがそんなに高くはなかった。
脱藩する前の晩坂本家の家宝の吉行の刀を渡すシーンが印象的でした。
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最後はすべて急ぎ足でみてしまいましたが、今日のこの時間スケジュールでは十分満足しました。
そして15:13分特急南風に乗って岡山へ。めいっぱい楽しんだ龍馬のふるさと高知でした。
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いっぱい思い出詰め込んで南風の列車からみる瀬戸内海の夕焼けもすてきでした。
高知県・・遠いと思っていたけれど思い切って来てよかった。今度は「よさこい」めざして来ようかなぁ〜
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