カメラを持って出かけよう〜

カメラと旅と歴史が大好きで、主にひとりで写真を撮りに出歩いています。

京都

冬の京都

今年も残すところ5日となりました。
あわただしい季節の中冬の京都へ行ってきました。
今年は龍馬のお墓参り(11・15命日)に行けなかったので年に1回は京都へ行かないと気がすまないと思い、決行しました。嵐山の花灯路がメインでした。
一度は嵐山 竹林のライトアップがみてみたいと思っていたのですが、あまりの人の多さに断念
写真を撮るどころじゃない・・・・人の頭しか見えないよ
でも渡月橋からみえる山並みのライトアップは幻想的でした。
下の写真実は携帯で撮ったものです。
一眼レフは撃沈〜
IMG_6303

この一年カメラの成長を感じられず、満足いかずの年でした。
まぁそんなに意気込んでもみてもねぇ〜〜〜まわりでうまく撮ってる人みすぎだってことにして・・・
一応来年は大変化が起きる年・・・・(内容はひみつです)
とにかく健康でマイペースで楽しくアマチュアカメラ女子でがんばりま〜す!!
IMG_6297

来年もよろしくお願い致します。

よかったらこちらもご覧ください。
  ↓

京都の旅2015秋 泉涌寺 智積院 龍馬のお墓参り

11月15日(日)天気曇りのち晴れ
昨夜はホテルに20:00頃チェックインし、すぐさま9階の大浴場へ行きました。
このアーバンホテル京都二条プレミアムは今年10月29日にオープンしたばかりなのでどんな大浴場かちょっと楽しみにしていまし。しかし行ってみると思ったよりかなり狭かったです。そしてちょうど20:00ころはお客さんで大混雑していました。洗い場が8ヶ所くらいしかないわりに入浴しているひとが多く、洗い場の確保が大変でした。ゆっくりできなかったのは残念ですが、京都でお風呂を期待しちゃいけないわね。
そのかわり朝食バイキングは大変満足いくものでした。品数、京都らしさ(おばんざい)、おいしさは抜群でした。出発前にこれだけおいしい朝食をいただけるのはホントうれしいです。
IMG_5045

そしてホテルのお部屋も洗練されたデザインが施されています。
間接照明もステキでベッドのかたさもちょうどよく、朝寝坊するくらい昨夜は熟睡できました。
今日は自由行動なので朝早く仕度して出かけようとおもっていたのが7:30まで寝てしまいました。
DSC_0745

お部屋はそんなに広くはないが機能性よく造られています。充電するものが多い旅行は電気のコンセントがたくさんあって助かりました。
IMGP0761

そして水周りはこんなシースルーでおしゃれにできています。バスタブがないシャワーブースのみです。
IMGP0757

やっぱり新しいってのはいいですねぇ〜
IMGP0758

ホテル(二条)からバスに乗り駅まで来ました。9:00さぁ〜今日はいい天気です。まだ行ったことのないお寺、泉涌寺に行きたいと思います。
IMG_5064

バスで10分泉涌寺入り口で降り、15分ほど歩きます。今日は日曜日なので京都観光の王道はさけひっそりしたお寺がいいなぁ〜と思い泉涌寺に決めました。泉涌寺は東福寺に近いところにあります。
DSC_0747

ゆるやかな坂を登ると泉涌寺が見えてきました。
DSC_0748

皇室と深い関わりを持ち、菩提寺にもなっていたことから、「御寺」とも呼ばれる真言宗泉涌寺派の総本山。
DSC_0757


DSC_0752

鬼瓦もズームアップ。
DSC_0758

月輪陵
DSC_0768

御座所
DSC_0774


DSC_0773


DSC_0783


DSC_0784


DSC_0776

御座所庭園 少し紅葉しています。
IMG_5048

なかなか見頃なもみじもありました。
DSC_0778


DSC_0792

しばし風を感じながら紅葉観賞する。
DSC_0801


DSC_0814

泉涌寺を後にしまた15分ほど歩きます。森林浴が気持ちいい。
IMG_5057

今熊野観音もあります。
IMG_5053

そしてバスで東山方面へ、東山七条でおり智積院にやってきました。
DSC_0829

ぜひとも見ておかねばならない長谷川等伯の障壁画があるのです。
DSC_0831

桃山時代に全盛期であった狩野派に対抗し、独自の画風を確立した長谷川等伯とその一派によって描かれた楓図、松図、、秋草図、雪松図、桜図など有名な作品があります。
DSC_0834

午前中に2ヶ所を拝観し、午後は龍馬のお墓に向かいます。今日の帰りの新幹線が16:30なので一日が忙しい。龍馬の地鎮祭には出られませんが、お墓参りだけには行きたいと思います。
さぁ〜今年もやってきました、維新の道。
BlogPaint

京都の町を一望できるところに龍馬のお墓はあります。
この時点で12:30。すでにお墓参りの行列が出来ていました。
DSC_0841

今年もこの龍馬像がみられました。
DSC_0842

そして霊山護国神社ではいつものように龍馬祭が始まっていました。
DSC_0850


DSC_0851

今年も龍馬のTシャツ購入しました。
BlogPaint

龍馬の好物、軍鶏鍋(しゃもなべ)もちゃんといただきました。
IMG_5058

毎年ちゃんとここに来れることに感謝して・・・そして家族の健康、日本の平和、世界の平和を祈りたいと思います。
DSC_0847

ねねの道を歩いて祇園方面へ向かいます。
DSC_0854

石塀小路もここに来たからには歩かなきゃ・・・
DSC_0855

いつきても素敵な小路ですね。
DSC_0856

私も一度は和服姿でここを歩きたいものです。
BlogPaint

八坂神社は相変わらず人がいっぱい。
DSC_0860

祇園のよーじやさんでお土産を買い、河原町まで歩きました。そして四条大橋で鴨川を眺めて・・・
DSC_0867

15:30京都駅。いつもより早い時間なのでなんとなく物足りなさはありますが、ツアー旅行としてはまあまあだったでしょうか。
京都駅でお決まりの柿の葉寿司とビールを買って16:29発の新幹線に乗りました。
また明日からがんばりましょう〜
IMG_5062


バーナー

ブログランキング参加中!
2015京都龍馬の旅にポチッとね

京都の旅2015秋 三千院 北野天満宮 法然院 醍醐寺ライトアップ

11月14日(土)天気曇り
毎年恒例になった秋の京都の旅 龍馬の旅と題して毎年この日を楽しみにしていました。
今回は龍馬の命日11月15日が日曜日です。某旅行会社のツアーで1日目が京都観光で2日目がフリーのものがあったのでこのツアーに決めました。
そしてこの2日間の天気は曇りか雨という予報〜2日目の計画もあまり立てないままこの日を迎えました。
さぁ〜2日目はいきあたりばったりだ・・・

そして紅葉はというと今年は以外にも紅葉が遅れているようで、紅葉も期待できないようです・・・

京都に9:00到着!さっそくバスで最初の観光地三千院を目指します。
IMGP0723

参加者は思ったより少なめ・・ひとり参加は私を含め2人。運よく一番前の席を2席使わせていただきました
IMGP0724

50分ほど京都風景を車窓で楽しみ三千院に着きました。
駐車場から10分ほど坂道を川沿いを歩いていくと三千院入り口に着きます・・・
DSC_0540

庭園もまだ木々が青々しています。
IMGP0728


IMGP0731

今回写真の出来が思わしくなく本当にがっかりなんです。曇りの天気での撮影なのでもっと露出をプラスしなければいけなかったのかもしれません。しかし団体行動、混み合うなかの撮影、傘をさしながらの撮影で結構てぶれが発生していたのですね。がっかりでブログアップもやる気うせていたのです。とりあえず記録にだけ残しておきます。
IMGP0738

ガイドさんもバスで歌ってくれた「京都〜大原三千院〜恋に疲れた女がひとり〜」というイメージが強かったのですが、人がたくさんのにぎやかな三千院です。
IMGP0742

苔寺にも劣らないみごとな苔です。
IMGP0744

これは有名な苔のお地蔵さんですね。
DSC_0555

京都の奥座敷大原〜
DSC_0546

あえて今日のようなしっとり雨が似合います。
DSC_0542


DSC_0549

60分ほどの三千院見学のあとお昼をとります。
BlogPaint

魚山園という料理屋さん
IMGP0751


DSC_0591


DSC_0594


IMG_5037


IMG_5038


IMG_5039

そして次は本日の目玉、北野天満宮に行きます。
さっきから小雨が降っていましたが北野天満宮に着いてからちょっと雨足が強まってきました。
DSC_0605


DSC_0607

北野天満宮のもみじ苑のお土居です。
DSC_0611

お土居の大欅
DSC_0613

さぁ〜やってきました。
DSC_0614

見ての通り紅葉はぜんぜんです
DSC_0617


DSC_0619

国宝 社殿
DSC_0622

遊歩道になっているのでこれが真っ赤な紅葉だったらすてきだろうね・・
DSC_0624

鶯橋もこのように緑がいっぱい。
DSC_0634

雨がしだいに強まってきています。
DSC_0637


DSC_0638

ここも真っ赤だったらすごいきれいだと思う。
DSC_0639

「そうだ京都へいこう」の宣伝を期待していたのかツアー客たちもバスのなかでがっかりの声が上がっていた・・・でもガイドさんは言っていました。何度京都にきても絶好のもみじをみるのは本当にむずかしいんだとか・・・天候はだれにも予想がつかないんだとか・・
そうだよね〜でもまぁわたしは比較的晴れ女なのでこういうケースはあまりなかったので今回はよしとしましょう。

そして次は哲学の道脇にある法然院さんに来ました。
なかなかこのお寺はマイナーなので行く人は少ないといっていました。
銀閣寺の駐車場から歩いて10分。静かな佇まいの法然院です。
DSC_0644

この三門がステキなんです。
門が額縁のようになって見える景色がすてきです。
ちょっと構図が悪いですね・・・もっと引いて門までの奥行き感をだした先に額縁ってのがいいのかもしれない・・しかしここは何枚も撮ったのに満足なものは一枚もなかった
このころ雨も強くなり片手に傘片手でシャッター。そしてなかなか門に人が入り込んでしまうので人がいなくなったすきにとるのはむずかしいのです。みんないい景色ってどうやって撮っているのかね・・・
DSC_0642

ここの砂絵もほんとステキだったんだけどな・・
DSC_0650


DSC_0651


DSC_0652

そしてお隣の銀閣寺にも寄ってみました。
DSC_0664

ここは人出がすごい。
DSC_0678

まともに撮れたものがない・・レンズにしずくがついてるし・・
IMGP0754

雨が降っているのにやたら汗をかいた銀閣寺だった。哲学の道をあとにし今日の最後の観光醍醐寺へ向かいます。
DSC_0686


DSC_0688

銀閣寺から醍醐寺まではこの夕刻ではバスで約1時間はかかります。
醍醐寺18:00からのライトアップまでに醍醐寺で夕飯を済ませなくてはいけないのでさっきお昼を食べたばかりですけど着いたらすぐ夕食になります。
17:00醍醐寺敷地内にある「雨月茶屋」さんで夕食です。
DSC_0744

夕食は一杯いきたいところ・・・おすすめの日本酒五大力というのを飲んでみました。
これが冷やでとってもおいしかったです。口当たりがやわらかで飲みやすい冷酒でした。
土瓶蒸しと冷酒の味わいが忘れられない・・・
IMG_5042

お料理もおいしくいただき、周りのみなさんとも京都の話し、旅行の話しをし楽しいひとときでした。
IMG_5044

そしてほろ酔い気分で下醍醐の散策をしました。なかでも弁天堂の池のライトアップが最高でした。
DSC_0738

雨の中にそびえる五重塔。
DSC_0709

今日の観光での一番はやはり醍醐寺でしょう。
夜の小雨のなかの威厳を放つ五重塔〜そして弁天堂の水面に映るもみじの赤が今も心に焼きついています。
DSC_0563
バーナー

ブログランキング参加中!
醍醐寺のライトアップにポチッとね

2014秋 京都の旅3 無鄰菴 金地院 龍馬祭

11月15日(土)快晴
昨夜は7時半にホテルに着き、足の疲れを取るためじっくりお風呂に入った。
おかげで今日も元気に活動できそう〜8:00ホテルの朝食ブッフェをいただき、9:00チェックアウト。
今日も快晴〜さぁ〜最後1日京の旅を楽しもう〜
ダイワロイネットホテルさんお世話になりました〜
DSC_1608

京都駅のコインロッカーに荷物を預け、バスで南禅寺までやってきました。
今日は土曜日。朝から人の多さにびっくりだ。
DSC_1645

今日は午後から龍馬祭があるため、遠出はやめて、南禅寺あたりをうろつくことにしました。
最初の訪問地は山県有朋の別荘 無鄰菴だ。
南禅寺の交差点から少し路地にはいったところにある。あれっこれは・・・瓢亭と書いてある。
あの有名な料亭だ。朝からいいにおいが外まで漂っている・・・・
DSC_1644

瓢亭のとなりに無鄰菴はある。
DSC_1610

無鄰菴は,明治27年(1894)から明治29年(1896)にかけて明治・大正の元老である山県有朋(やまがた ありとも)が京都に造営した別荘です。その名は,有朋が長州(山口県)に建てた草庵が隣家のない閑静な場所であったことから名付けられたといいます。
その後,有朋は京都の木屋町二条に別荘を構え,無鄰菴と号しましたが,さらに新しい地に好みの別荘を作りたいと考え,明治27年(1894),現在の地で無鄰菴の造営にとりかかりました。工事は日清戦争の勃発により一時中断しましたが,翌年2月から本格的な工事を再開し,明治29年(1896)に完成しました。
有朋はこの別荘の庭園をこよなく愛し,多忙な公的生活の合間にも夫人を伴ってしばしば訪れましたが,その後大正11年(1922)に83歳でこの世を去っています。
DSC_1611

敷地の大半を占める庭園(面積約3,135平方メートル)は,有朋自らの設計・監督により,造園家・小川治兵衛(おがわ じへえ)が作庭したもので,ゆるやかな傾斜地に,東山を借景とし,疏水の水をとり入れ,三段の滝,池,芝生を配した池泉廻遊式庭園です。
DSC_1613

ここで山県有朋の説明
天保9年(1838)に長州藩の蔵元附中間(ちゅうげん:足軽より低い身分)・山県三郎有稔の二男として生まれる(幼名・辰之助)。

尊皇攘夷派の影響を受け、久坂玄端の紹介で松下村塾に入門、生涯師と仰ぎ続けた吉田松陰と出会う(山県の松下村塾在塾期間は極めて短かったが、松陰に多大な影響を受け、終生深く畏敬していた。また、生涯「自分は松陰先生門下である」と称し誇りにしていた)。
DSC_1617

文久3年(1863年)に、上海に渡航した高杉晋作に代わって奇兵隊軍監として大いに活躍。元治元年(1864年))の四国連合艦隊との交戦で負傷した際、武器と兵制の改革の必要性を痛感し、尊王攘夷論から開国論に転じた。

慶応元年(1865年)、長州藩の俗論派(佐幕派)と正義派(倒幕派)が激突した大田・絵堂の戦いでは、正義派に奇兵隊軍艦として参戦。長州藩藩論を倒幕へと決定づけたこの戦いの勝利に貢献した。
DSC_1618

明治元年の戊辰戦争には、奇兵隊を率いて北陸道鎮撫総督兼会津征討総督の参謀として、長岡攻略戦に河井継之助らと戦う(苦戦)、後に会津攻略にも参加。
明治2年(1869年)渡欧し、各国の軍事制度を視察し、翌年帰国した後は暗殺された大村益次郎の遺志を継いで軍制改革を行い、徴兵制を取り入れた。明治6年(1873年)に陸軍卿となり、参謀本部の設置、軍人勅諭の制定に深く関わる。(良くも悪くも日本陸軍の実質的な建設者が山県有朋であるといえる)
DSC_1619

明治22年(1889年)に第9代内閣総理大臣に就任。軍備拡張を進める。明治31年(1898年)、第2次山縣内閣発足。参謀総長、枢密院議長なども務めている。
伊藤博文なきあと最大の発言力をもつ元老として、軍や政界に重きをなし、首相選定の主導権を握る。晩年は陸軍のみならず政界の黒幕として君臨し、「日本軍閥の祖」の異名をとった。
DSC_1620

当時の国民、政治家、皇室からはことごとく不人気であったが、昭和天皇は軍人・山県有朋を評価している。大正11年、85歳で亡くなった。
DSC_1621


DSC_1630

無鄰菴は昭和16年京都市に寄贈され昭和26年には庭園が明治時代の名園として国の名勝に指定されている。建物は,簡素な木造2階建の母屋,藪内流燕庵(えんなん)を模してつくられた茶室及び,煉瓦造2階建ての洋館の三つからなります。
DSC_1632

洋館は明治31年の建立です。2階には江戸時代初期の狩野派による金碧花鳥図障壁画で飾られた部屋があり,ここで明治36年(1903)4月21日,元老・山県有朋,政友会総裁・伊藤博文,総理大臣・桂太郎,外務大臣・小村寿太郎の4人によって,日露開戦直前のわが国外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれています。
DSC_1643

明治のにおいぷんぷんの階段。洋室の扉の分厚いこと。きっと反対勢力などの侵入に備えて装備は頑丈だったのでしょう。
DSC_1638

有朋の写真。
DSC_1639

無鄰会議の洋間。
山県有朋、伊藤博文、総理大臣・桂太郎,外務大臣、小村寿太郎の4人によって,日露開戦直前のわが国外交方針を決める「無鄰菴会議」が開かれた。
DSC_1640

無鄰菴会議によって日本は日露戦争へと進んでしまうのか・・・そう考えると日本の命運を分けた重要な場所ともいえる。昭和の戦後を考えるとき、日清日露戦争は日本の運命をかえる分岐点だったのだから・・
DSC_1641

さて無鄰菴をでて南禅寺に向かって歩いていく途中に金地院がある。
DSC_1646

去年は南禅寺の天授庵をみたっけ・・・金地院は臨済宗南禅寺派の寺院。同派大本山南禅寺の塔頭の1つで、江戸幕府の外交僧・崇伝が住したことで知られる。
DSC_1647

崇伝が徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏とを祀って寛永5年(1628年)造営したもので、創建当初は日光東照宮と比された。重要文化財。
DSC_1652

東照公遺訓
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。
心にのぞみおこらば、困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基。
怒は敵と思へ。
勝つ事ばかり知りて、負くる事を知らざれば害其の身に至る。
己を責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。

 人の一生というものは、重い荷物を背負って長い道のりを歩くようなものだ。急がなくともよい。
 自由が利かないのが当たり前と思っていれば不足事もない。
 欲求が出たなら苦しい時を思い出そう。
 堪え忍ぶことは長く平穏に過ごすもととなる。
 怒ることはしてはいけない。
 勝ってばかりで負けることを知らないことは結局自分の為にならない。
 自分の非を責め、他人を責めてはいけない。
 何もせず過ぎてしまったことよりも、届かなくとも努力することの方が大切だ。
DSC_1653


DSC_1654

方丈庭園
DSC_1656


DSC_1658

崇伝が徳川家光のために作らせた。作庭には小堀遠州が当たった(遠州作と伝えられる庭は多いが、資料が残っている唯一の例)。庭師は賢庭と伝える。
DSC_1659

桃山時代の風格を備えた江戸初期の代表的枯山水庭園として知られる。方丈から見て右手に鶴が左手に亀が配されており、鶴の背には常緑樹亀の背には落葉樹が植えられている。また、鶴と亀の間にある長方形の石は東照宮を拝むために設けられたものである。造営当時は庭から東照宮が見えたと伝えられる。庭内に広がる大刈り込みが圧巻。特別名勝。
DSC_1660

中には長谷川等伯の猿公の襖絵や小堀遠州の八窓席などをみることができた。
2F-4_1015_tmb_item_01

金地院の拝観も終え、バスで東山界隈にやってきた。
DSC_1662

霊山護国神社はもうすぐ。
DSC_1663

この坂を登るたびわくわくしちゃうな。
DSC_1664

維新の道。ホントに天気に恵まれた3日間だ。
BlogPaint

そして今回は霊山歴史館において 特別講義に参加してみようと思う。
午後1:00ぎりぎりについたが満員寸前158番のカードをもらい出席することができた。
ぎりぎりだったせいで結局1番前の席に座らされた。内容は

<第78回>維新教養講座

第1部 【龍馬祭記念講演】 『龍馬と薩長同盟』
      講師:木村幸比古副館長(霊山歴史館)

第2部 【講談】 『龍馬暗殺』
      演者:講談師 旭堂南鷹氏

◇のプロフィール
関西を中心に活動する若手講談師。歴史創作講談や競馬講談を得意とする。テレビや映画でも活躍。
◆日 時: 11月15日(土)午後1時〜午後3時(予定)  
◆場 所: 霊山歴史館講堂
◆定 員: 当日先着160人
       (事前予約はできません)
◆会 費: 友の会会員 無料
       一般 500円
BlogPaint

講談というものを始めてきいたが旭堂南鷹氏の絶妙な話しにひきこまれていった・・・
龍馬暗殺が目の前に映っているかのようだった・・・ほんと楽しかった。
ダウンロード (1)

大盛況だった講義。1部の龍馬と薩長同盟の話しもいままでにきいたことのない話しも多数あり興味深かったよ。しかしこれほどの盛況ぶりってこんなに龍馬ファンって多いのか・・みな真剣なまなざしで話しにききいっていたメモをとってうなずいていた。来年の大河ドラマにもふれていた。「花燃ゆ」である。吉田松陰先生の妹さんが主人公のドラマだ。来年は長州ブレイクしちゃうのかな・・・時代が幕末なのでちょっと期待しちゃいます。
DSC_1669

講義も終え、龍馬祭まであと少し。護国神社に参拝して。
DSC_1670

残念なことにもう軍鶏鍋は売れきれていた。
DSC_1671

大人気の龍馬像。
BlogPaint

いつもと変わらぬ景色。
DSC_1686

3:30参拝する人の列も増えて私も40分は並んでいる。
DSC_1677

鎮魂祭が始まった。いつものようにたくさんの人がきている。
龍馬が与えてくれたそして残してくれたものを大切にしていこうとみなが思っているに違いない。
そして年に1回ここにきて手を合わせよう。
DSC_1678


DSC_1680

龍馬の墓に夕日がさしてきた。
DSC_1681

龍馬も京の夕日をみていたにちがいない。
DSC_1682

ここからみる景色は大好きです。龍馬は今も京都をそして日本をみているでしょう〜
DSC_1683

そして最後に三条の酢屋に寄りました。
DSC_1690


DSC_1689

これですべての行程が終了しました。京都駅についたのは18:30 
もうクリスマスツリーが飾られていました。
DSC_1515

20:04の新幹線までお土産を買ったりして時間をつぶしました。
夕飯はパスタでおつかれさんの一杯をいただきます。
IMG_3770

今年も無事楽しい京都の旅を終えることができました。
IMG_3771

とんでもないハプニングもなく、予定どおりの拝観はすべてできました。
こんなことができるのも自分・家族の健康、理解があってこそです。ありがとう。
また来年も元気に京都に来られるるようにがんばります!
IMG_3772


DSC_1457
バーナー

ブログランキング参加中!
思い出たくさんつまった2014秋の京都の旅にポチっとね



2014秋 京都の旅2 実相院 比叡山延暦寺 京都国立博物館

11月14日(金)快晴
昨日の足の痛みもほとんど消えて今日も元気に行動開始〜
ホテルの朝食バイキングも京おばんざいがとってもおいしかった去年に引き続きこのホテルにしたのもここの朝食が気に入っているせいもある。
さぁ〜9:00ホテルを出発し、ホテルより歩いて3分の烏丸線九条駅より国際会館駅まで。そこよりバスで10分ほど、実相院前に到着!
DSC_1520

実相院門跡は床もみじでも有名なところです。果たしてあの床もみじが見られますでしょうか・・・
DSC_1521

床もみじは写真撮影不可なので撮れませんでしたがまだ最盛期には4割ほど足りないかな・・といったところでした。確かに床は黒光りしてつやつやでした。天候の具合によってよく見る写真のような鏡に映ったようなもみじが見られるんでしょうかね・・こちらで確認してください実相院HP
DSC_1523

岩倉具視も過ごしたと言われている実相院。幕末の志士たちも訪れていたことでしょう〜
IMG_3762

毛のようにみえる苔が何ともいえない・・
IMG_3761

お庭は2つあります。比叡山の山並みを借景とした雄大な石庭です。
DSC_1526

和服姿のお嬢さんたちが庭と景色になじんでいる・・
DSC_1531

実相院より歩いて2分のところに岩倉具視幽棲旧宅にも行ってみました。
DSC_1534

岩倉具視は,明治維新における王政復古に力を注いだ幕末,明治期の代表的な政治家です。文政2年(1825)に参議正三位堀河康親(やすちか)の次男として生まれたのち,天保9年(1838)に公卿岩倉具慶(ともやす)の養子となります。安政元年(1854)には孝明天皇の侍従となり,次第に朝廷内において台頭し,発言力を増してきました。そのような中で公武合体をすすめるため孝明天皇の妹,和宮の将軍家への降嫁を推進したことにより,尊皇攘夷派から佐幕派の巨頭と見られるに至り,文久2年(1862)に攘夷運動の高まりの中で辞官落飾し,洛北の岩倉村に慶応3年(1867)までの間幽棲したのがこの旧宅です。
DSC_1535

質素な茅葺屋根の家です。
DSC_1539

ここに龍馬も訪れたという記録があります。
DSC_1543

中庭
DSC_1547

幽棲といえども中はきちんとした和室がつながっています。
DSC_1548


DSC_1549

岩倉具視お手植えの松の木も立派に育っています。
DSC_1551

対岳文庫 
岩倉具視遺品類や明治維新関係文書などを展示・収蔵するために昭和3年(1928)に建設された鉄筋コンクリート平屋建ての小規模な建物で,京都市庁舎本館も手掛けた建築家武田五一(京都帝国大学教授)の設計によります。
DSC_1552

朝から順調に進んで次は今日の目玉、比叡山へ向かいます。実相院からバスで宝ヶ池までいき叡山鉄道に乗ります。去年きた貴船でキララ号に乗れたんだった・・・
DSC_1553

無人駅なので降りるとき料金を支払います。
DSC_1554

キララ号ではなかった。
DSC_1555

八瀬比叡山口に着きました。
DSC_1556

そこから歩いて2分、ケーブルカー乗り場まで行きます。
DSC_1560

1時間に3本。12:10のに乗るのに時間がありますので近場を散策。
DSC_1561

暑いくらいのいい天気。
DSC_1562

これからケーブルカーとロープウェイを乗り継いで比叡山まで登っていきます。往復1700円はちょっと高い?
DSC_1563

ケーブルカーは9分。あっという間に京都の町を見下ろせる高い場所にきました。ここでもかわら投げがありました。
DSC_1564

そしてロープウェイに乗るとそれはすばらしい景色が広がっていました。お客さんたちの間ですごい〜の連発!これを見れただけで来た甲斐があったねと言い合っていました。それはこの天候のせいもあるでしょう〜ホントすばらしい空中散歩でありました。
DSC_1568

そして比叡山山頂に着き、そこからシャトルバスに乗って東塔にある根本中堂まで行きます。それがシャトルバスが1時間に1本しかないんだよね〜これじゃシャトルバスっていわないよね・・・
DSC_1570

ここで40分もロスタイムしてしまいました。しかし京都と反対側の近江 琵琶湖の景色を眺めることができました。高いところから見る景色ってなんだか地形が感じられて湖が変形しているように見えるのね。
DSC_1572

そして5分ほどシャトルバスに乗って東塔地域にやってきました。西塔や横川にも行ってみたかったのですが、シャトルバスの少なさに2箇所も行ってられないことがわかり根本中堂だけみることにしました。
DSC_1573

やっぱり山の上だね、急に寒くなってきた。紅葉も平地よりすすんでいます。
DSC_1575

京都と滋賀の県境にまたがり、南北に峰をのばす比叡山。この巨大な山全体が寺域であり、いくつもの谷や尾根を活かしてつくられた「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」の3地域をあわせて比叡山延暦寺と呼びます。周囲およそ100キロメートルにもおよぶ、日本仏教の一大聖地です。
DSC_1576

近江側からきた観光客がたくさんいます。
一隅(いちぐう)を照らそう  1200年前伝教大師最澄は日本の国の安泰と国民の幸せを祈って、日本人にあった仏教を比叡山に開きました。その教えの根本をなすものは、「個々が思いやりの心を持ち、一隅を照らす人になる」すなわちひとりひとりが相手の立場に立って考え、自分のできることを精一杯行うことが、周りをよくすることにつながると言うことです。
DSC_1577

大講堂。
DSC_1578


DSC_1580

そして根本中堂へ
DSC_1582

紅葉がきれいです。
DSC_1584

すごい急な階段!文殊楼。
DSC_1586

さぁ〜中に入ってみましょう〜
DSC_1588

中は撮影禁止。いやぁ〜荘厳でした〜説法を聞いているひとがたくさんいました。比叡山は多くの名僧を輩出したことにより日本仏教の母山と呼ばれています。法然、栄西、親鸞、道元、日蓮もここ比叡山で修行されたということです。
DSC_1589

ここにきてまたひざが痛くなってしまいました。なので他は戒壇堂のみを拝観して終わりにしました。
DSC_1593

延暦寺バスセンターでバスを待つ間ぜんざいをいただきました。あったまる〜
IMG_3767

帰りもロープウェイとケーブルカーを乗りついで京阪電車で七条駅下車。思ったより時間がかかった比叡山でした。七条で降りた頃にはもう4時半。最後に京都国立博物館に行こうと決めていました。
DSC_1600

レンガの壁に夕日がきれいに照らされていました。
DSC_1601

何のためにきたかというと高山寺の鳥獣戯画が今公開されているとのこと。しかし80分+50分待ちとはなんだ〜
DSC_1595

そんなに人気なのか・・・ここまできたからにはただで帰るわけには行かない。「京のいざない展」は待ち時間なしなのでこちらに行ってみることにしましょう〜
DSC_1597

こちら鳥獣戯画展の行列。
DSC_1598

H26年9月13日完成した平成知新館を建設する際見つかった方広寺の遺構が発見されこの石垣もこのようにきちんとしたかたちで残したのでしょう〜
DSC_1602

平成知新館の真下で方広寺の遺構が見つかったと書かれています。
DSC_1603

平成知新館の前の池がきれいに夕日に輝いています。
DSC_1604

平成知新館オープン記念展は題して、「ズラリ国宝、ずらり重文」「京へのいざない」
展示作品は国宝50余点、重要文化財110余点を含む総計400点の規模(2期分の合計)。絵画・書籍・彫刻・工芸・考古の各分野から選りすぐられた、まさに名品、名作のオン・パレード。新装なった美しい展示館とともに、京文化の粋を堪能しよう。いつものイヤホンガイドは欠かせません(500円)拝観料(520円)
DSC_1605

スタイリッシュなデザインのこの知新館は3Fから下に降りてくる形では見ていきます。薄暗い中にもスポットライトが程よく見やすいなぁと思いました。
展示物はまさに豪華すぎるラインナップ!教科書でもお馴染みの 伝源頼朝像(国宝) をはじめ、平安仏画の最高傑作と称される 釈迦金棺出現図(国宝) 、狩野永徳の 洛外名所遊楽図屏風 を中心に、京の街並みを描いた名画の数々。なかでも人気があったのは仏像コーナーで 宝誌和尚立像(重文)は、多くのひとだかりでありました。(この写真は平成知新館紹介記事から引用)
topicsbae219ff313a52b37d77e9ffbfdff08a

左 、伝源頼朝像(国宝)右、伝平重盛像(国宝)(この写真は平成知新館紹介記事から引用)
topicse0d54f9a4367ef0a46e3f60d07eedc2b

約2時間京へいざなられてきました。京都の平安に行ったかと思えば秀吉の桃山時代にタイムスリップへと・・めくるめく京文化を堪能してきました。
DSC_1606

知新館をでるともうこんなに真っ暗だ・・・
秀吉の時代、ここに奈良の東大寺の大仏にまさる大仏(方広寺)があったことを想像して京都の空を見上げた・・・古今普遍、人々の幸せを祈りたい・・・
DSC_1607

1F-1_20140913_tmb_item01
バーナー

ブログランキング参加中!
荘厳な比叡山と鳥獣戯画の行列にはびっくりな京都国立博物館にポチっとね
←宝誌和尚立像(重文)

2014秋 京都の旅1 三尾 大徳寺 建仁寺 高台寺のライトアップ

11月13日(木) 恒例になった秋の京都ひとり旅
題して龍馬の旅に今年も行ってきました〜
今日も天気は快晴〜これから6:34発の「のぞみ3号」に乗り込みます。
今年は京都の世界文化遺産をあと2つを残していますのでそこを見て回ろうと思います。
今回はあまり念入りに計画をたてていないので心配ですが、少しは京都の地理にも自信をもってきたのでどうにかなるだろう〜とちょっと大きく構えています
安全に無理のない京都旅行楽しみま〜す
IMG_3744

富士山もくっきり全景が見えました〜山頂に雪が少しだけ積もっている
IMG_3746

8:30すぎ京都駅到着!手荷物をコインロッカーに預け(300円のところはすでに埋まっており500円のところに入れた)、身軽になってこれから高雄行きのバスに乗ります。高雄フリー乗車券800円を購入。三尾地区での乗り降り自由な乗車券です。
まず最初の訪問地は三尾(高雄、栂ノ尾とがのお、槙尾)へ・・・手付かずの自然が残る北山杉の里。
深い山中に佇む由緒正しい3つの名刹を訪れてみたいと思います。
三尾は今が紅葉の見頃とあってバス停にはすでに行列が・・・臨時便をひとつ見送って9:00ちょうどの路線バス(JRバス)に乗車、一番前の席を確保。約50分ほどバスに揺られます
DSC_1340

京都の町並みをバスの車窓から楽しんであっという間に着いて、山城高雄バス停で下車
DSC_1341

天気も最高〜空気も気持ちいい〜これから少しハイキング〜山登りとはいいませんが、紅葉をめでながら歩いていきます
DSC_1345

渓流を望み素敵な景色を堪能できます
DSC_1346


DSC_1347

神護寺の参堂。ここからの石段!結構きつい
DSC_1349

すごい紅葉〜一番いい季節に来ました
DSC_1361

硯石亭 お茶屋さんで甘味でもいかがでしょうか・・・
もみじを見ながら一息していきたいところですが・・・さっといきます。
DSC_1362

かなり上って息が切れました。歩くこと15分やっと神護寺(じんごじ)三門に着きました。
DSC_1366

絵に書いたような鮮やかなもみじ。
DSC_1372

真言宗の寺で最澄、空海が修行した寺院。
DSC_1374

この景色はよく雑誌でみる景色ですね。みんな石段で写真を撮っていました。
ここで大きな忘れ物に気づく・・・ご朱印帳・・・・春にきたときから始めたご朱印帳を忘れてしまった
なので神護寺で新たにご朱印帳買い求め書いていただきました。(300円)
DSC_1375

参拝も終え近くをふらふらしていると高雄名物「かわら投げ」を見つけました。
DSC_1381

厄除けに谷底めがけて素焼きのかわらを投げます。2枚100円ちょっとスカっとした気分になります!
DSC_1376

さて次は渓流の遊歩道を歩いて、西明寺(さいみょうじ)へ向かいます。
DSC_1384

本当に自然がきれいです。普段の澱みが洗い流されそう〜
DSC_1387

そして10分ほどで西明寺に着きました。
BlogPaint

五代将軍徳川綱吉の生母桂昌院が再建したお寺。
DSC_1395


DSC_1398


DSC_1399

さて次は高山寺を目指します。
DSC_1404


DSC_1406

もみじの天ぷらなんてあるんだね。
DSC_1409

歩くこと15分高山寺の参道に来ました。
DSC_1410

高山寺は世界遺産。有名なところでは鳥獣人物戯画(複製)があるところです。
DSC_1413

石水院に入ってみましょう〜
DSC_1414

すばらしいお庭からの眺め〜
DSC_1415

しばし私も縁側に座って鑑賞しました。
DSC_1416

昔のひともこんな景色を堪能したんだろうか・・・・
DSC_1417

後鳥羽上皇の学問所だった場所で善財童子像が祀られている。これは有名ですね。
鳥獣人物戯画の本物は今、京都国立博物館で特別展として拝観できるようです。
鳥獣戯画のふきんを記念に購入しました。
DSC_1421

栂ノ尾からバスでわら天神前まで行き、市バスに乗り換え、次の場所大徳寺へ向かいます。
そろそろ1時も過ぎます、ここでお昼にします。大徳寺前の徳寿さんというお店に入りました。
DSC_1424

湯豆腐定食を頼んだが売り切れのためこちらの徳寿ランチになりました。1250円
湯葉とお豆腐も入っている京ならではのおうどんです。
IMG_3752

そして大徳寺に着きました。しかし大徳寺敷地もかなり広い!見て回れるのは一部になるね。
勅使門(重要文化財)山門前にある、前後唐破風、左右切妻、屋根桧皮葺の四脚門、後水尾天皇より拝領したと伝えられる。平成12年、屋根等修復。
DSC_1426

勅使門の後ろにある、山門。応仁の乱後、一休禅師の参徒連歌師宗長等が一階部分を寄進、のち千利休居士により二階部分が設けられ金毛閣と名づけられた。
金毛閣は千利休が完成させて上層に自らの木像を安置したことで秀吉と対立する原因となったとされる有名な門である。
DSC_1427

後ろから撮ってみた。大きな松ノ木がかなりの数あって松なしで写真に納めるのはのはむずかしい。
DSC_1430

今秋特別公開されている3つの寺院(黄梅院、総見院、興臨院)黄梅院に入ってみましょう〜
先週のBS朝日の番組でも紹介されていました。永禄五年(1562)織田信長の父・信秀の追善菩提のために小庵を建立されたことに始まる。本堂・庫裡・唐門は重文に指定され、中でも庫裡は日本の禅宗寺院において現存する最古のものである。武野紹鴎作茶室「昨夢軒」、千利休作庭の「直中庭」が公開されている。
DSC_1442

庫裏では毛利元就の子、小早川隆景が改築落慶したものもあるよう。日本の禅宗寺院で現存する最古のもの。
DSC_1443

苔むした石畳に水が打たれて風情あります。
DSC_1444


DSC_1447

撮影はここまで。直中庭、千利休作で秀吉公の希望により軍旗瓢箪をかたどった池を配す庭などすばらしいの一言につきます。
お庭が素敵なのか、建物がこんな形で立派に残されているのがすばらしいのか・・・現代に生きる人間がいにしえの人を思うとき、このような過去の遺産をみていると、日本の人の心が伝わってくるような気がする・・・禅の心、茶の心・・・頭がちょっと混乱してきました・・まだまだ私は修行が足りませぬ・・・もう少し時間をかけて調べていくしかないです。。
DSC_1448

大徳寺から202系バスに乗って四条河原町まできました。いつもの四条大橋を見て今年もまた来れたね・・と心でつぶやく・・
DSC_1450

PM3:00すぎ。まだあとひとつ見れるね。鴨川も夕方の色合いをみせてきている・・・
DSC_1451

花見小路を通っていきましょう〜
DSC_1452

花見小路のつきあたり、建仁寺に来ました。
BlogPaint

おととしのリベンジ!双龍図の写真を撮らなくっちゃ・・
DSC_1455

俵屋宗達の風神雷神図屏風(レプリカ)も相変わらず光輝いていました。こちらは写真撮影可なのでみなさん記念撮影バシバシとっていました。
DSC_1457

そしてお目当て!法堂の天井図、双龍図!
DSC_1465

お堂の暗い中でも浮き上がってみえるのすごいよね!!
DSC_1461

平成14年(2002)に建仁寺創建800年を記念して、日本画家の小泉淳作画伯が約2年の歳月をかけて取り組んだ壮大な作品。畳108畳にも及ぶ水墨画の迫力に圧倒されます。
DSC_1460

方丈庭園を眺めちょっと休憩。
DSC_1467

宅急便も古都京都にふさわしいデザインですなぁ・・・
DSC_1474

石塀小路を歩いて・・
DSC_1477

ねねの道を歩く頃には日も落ちてきた・・・
DSC_1481

本日最後の拝観。高台寺へ・・・
DSC_1483

高台寺のライトアップを楽しみます。
DSC_1484

PM5:00から始まるライトアップは「悠久―光と陰―」をテーマに、伝統文化の継承活動に取り組む俳優の井浦新さんが監修した。
DSC_1488

 熊本県山鹿(やまが)市の山鹿傘の美しさに感銘を受けた井浦さんが、境内にある茶室「傘亭」(国重要文化財)に着想を得て番傘を使うことを提案。方丈庭園の白砂に、禅の思想にちなみ「○△□」の形に配置した朱、紫、白の81張りの番傘が鮮やかに浮かびあがった。
DSC_1490

こちらのライトアップも素敵でした。
DSC_1492

茶室の傘亭にもこのような演出がされている。
DSC_1495

竹林にも・・
DSC_1496

高台寺のライトアップも堪能したしさぁ〜帰りましょう〜祇園を抜けてようじやでお土産を買い、高瀬川のほとりを歩きます。今年の秋も京都を歩ける幸せかみしめます。
DSC_1507

そして龍馬さんにもあいさつして・・・近江屋跡は今年は回転寿司屋さんになっていました。
DSC_1510

こんな立派な写真碑まで建っていました。
DSC_1511

河原町からバスで京都駅まで着く頃にはもう足をひきづっていました。
DSC_1512

PM8:00 ホテル着。
DSC_1516

今日の朝5時起きから充実の一日が終わりました。ひざの痛みを回復しなければ・・・
DSC_1517

祇園で買ったスイーツとお決まりの柿の葉寿司で一杯やって就寝です。
IMG_3758

明日は比叡山に行きま〜す!
DSC_1479
バーナー

ブログランキング参加中!
紅葉がすばらしい高雄の山々にポチっとね

初夏の京都 青もみじの旅その2 京都御所 葵祭〜西芳寺 広隆寺

青もみじの旅2日目〜おっはようございま〜す
昨日はとっても楽しかった〜今日も元気に目覚めました〜外の天気は〜一応曇ってますけれど雨は降ってません。葵祭の決行は6:00のネットで確認したけれどアクセス多数でつながらない
しばしシャワーして確認すると決行するとのこと!!やった〜どうにかみれそうです!
そして7:00に朝食をとレストランに行ってみると、修学旅行生の時間帯で一般客は8:00からとのことなんだ・・予定が狂っちゃうなぁ・・と、とりあえず朝の散歩をかねて出かけることに・・
DSC_1101

今日は一日乗車券を500円で買い、西大路四条から四条大宮までバスにのり、武信稲荷神社へいってみようと思います。ここは龍馬とお龍の逢い引きの神社だそうです・・バスから降りて携帯のナビをたよりに進むとこんな狭い路地の奥へ・・・
DSC_1100

ありました〜朝からお坊さんのお経の声が聞こえてきます。只今7:30〜
DSC_1088

御社の南には江戸時代、幕府直轄の六角獄舎があり、幕末、勤王の志士が多数収容されていた。その中に 坂本竜馬の恋人おりょうの父が勤王家の医師であった ため捕らえられていた。先に様子を見にきた竜馬は、後に訪ねてくるであろうおりょう への伝言に榎の幹に「龍」の字を彫ったとつたえられている。
お龍のお父さんが投獄されていた場所に近く、龍馬も狙われていた身で隠れながら会っていた場所と言われています。
DSC_1090

その後命を狙われ追われる龍馬は身を隠し二人は離れることとなる。おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していた。そんなおり二人で何度も訪れた武信稲荷神社の榎をふと思い出し訪れた。するとそこには龍馬独特の字で『龍』の字が彫ってあったという。

自分は今も生きている。そして京都にいるのだ。そういう龍馬からの伝言であった。
龍馬が京都にいることを知ったおりょうは二人の共通の知人を訪ね、それにより二人は再び出会えたという
IMG_3307

龍馬とおりょうの出合いに関しては諸説ある。また英雄坂本龍馬を題材にした小説などももっとも有名な司馬遼太郎氏「竜馬がゆく」をはじめたくさんあり、その中での二人の出会いもさまざまである。

龍馬とおりょうの出合いは父楢崎将作の死後という説もあり、将作は安政の大獄により六角獄舎に投獄されそのまま獄中で病死している。将作の死後に一家が生活に困りおりょうは一家を養うために旅館で働くようになりそのころに龍馬と出会ったというものである。
IMG_3306

一方、龍馬研究家であり幕末の歴史研究家の方は、将作は勤皇の志士を厚く支援しており、柳馬場三条にあった屋敷には勤皇の志士が絶えず出入りしていたという。龍馬もそんな将作と親交ができ、その長女であるおりょうと出会った。と結論つける。
この大木に伝わる逸話と一致する。
IMG_3308

この話しに登場する御神木の榎(えのき)は樹齢約850年。その生命力から健康長寿の信仰が厚い。また榎は「縁の木(えんのき)」とも読まれ、御神木の榎に宿る弁財天を祀る末社の「宮姫社」は縁結び、恋愛の神としても知られる。毎日その力をいただきたいと木の幹に手をあてる参拝者も多い。
龍馬とおりょうもそんな縁結びの力を授かった二人である。
IMG_3309

1時間ほど朝の散歩をかねて龍馬ゆかりの場所を訪ねてみました〜
そしてホテルに8時にもどり朝食バイキングをいただきました。そして8時50分荷物デリバリー(750円)を手配し、ホテルをチェックアアウト。
IMG_3311

西大路四条から御所近くの河原町丸太まで(30分)バスにのり京都御所堺町御門まで来ました。もうすでにたくさんの人たちが街頭に集まっています。
DSC_1102

そして御所の建礼門まえから観覧席が並べられています。
DSC_1104

10:30から行列は始まりますが、10時集合の10分まえに着きました。京都御所限定の御所煎餅も買いました。
BlogPaint

席につくと3列目なのでちょっと見にくい位置ですがまぁちょっと腰をあげれば写真も撮れる位置です。
DSC_1108

あとは天気がもってくれることを祈るのみ・・・
DSC_1109

始まりました〜解説している人の声がまったく聞こえない・・・
DSC_1113

おもしろいものをもった人たちが続々やってくる・・・
DSC_1116

京都三大祭りのひとつ葵祭は賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の例祭で、古くは賀茂祭、または北の祭りとも称し、平安中期の貴族の間では、単に「祭り」と言えば葵祭のことをさしていた。賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代の1694年(元禄7)に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るようになって、この名があるとされる。
DSC_1121

祭の起源と沿革は、欽明天皇の567年、国内は風雨がはげしく五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったという。819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行うという国家的行事になった。
DSC_1126

ひとつひとつに意味があるのだろうけれどわかっていない・・・
DSC_1132

まわりのひとたちもきっとそうにちがいない・・・
DSC_1134

女性がでてくるとやはり華やかだ・・
DSC_1139

子供たちもかわいいわ。
DSC_1142

そして、葵祭のヒロイン、第59代斎王代か・・大学生さんが選ばれたと聞いたが・・・遠くてなかなか見えないわ。
DSC_1143

艶やかな衣装もいいけれどもっと雅楽とか流れていいかも・・と思ったりする。しかし古来のままの姿でというものなのか・・・
DSC_1151

この頃小雨が降り始める・・・
DSC_1154

あと少しだ。がんばれ!観客は配られた簡易合羽を着始めた。
DSC_1156

とうとう最後だ。どうにか50分あまりの行列は無事終了〜
DSC_1157

今日は下立売御門から出てみた。
そして地下鉄烏丸線丸太駅より四条に出て、阪急電鉄で乗り換え、桂まで。
DSC_1163

桂より乗り換え嵐山線で松尾大社駅まで来ました。駅を降りると大きな鳥居がお出迎え〜松尾大社です。
DSC_1165

ここも緑がきれ〜い
伝説によると「大山咋神は丹波国が湖であった大昔、住民の要望により保津峡を開き、その土を積まれたのが亀山・荒子山(あらしやま)となった。そのおかげで丹波国では湖の水が流れ出て沃野ができ、山城国では保津川の流れで荒野が潤うに至った。そこでこの神は山城・丹波の開発につとめられた神である。
DSC_1167

酒造の神とも言われています。
DSC_1171

ご朱印もいただき本日のメイン世界文化遺産「西芳寺」に向かいます。
細い道を路なりにいくと・・・
DSC_1172

鈴虫寺がありました。昔来ました。
DSC_1173

女性客が多い・・・やはり恋愛成就の願いを叶えてくれるお寺だからなので・・・
DSC_1175

山門まえのお地蔵さんのところにはこのようなひとだかり・・・私は縁がないかっ・・・さっととばしていきましょう〜
BlogPaint

そしてもうすぐ・・西芳寺(苔寺)へ・・しっとりした空気が漂う・・・もうすぐ出会う西芳寺に心が躍る・・・
DSC_1178

西芳寺は事前申込がないと拝観できません。往復はがきで申込みしなければならないのと写経をするという制約があります。拝観料(冥加料)3000円というのもちょっとハードル高いですかね・・
DSC_1180

1:00からの入場ですが12:40ごろに着いて入れさせてもらえました。静かだ〜
DSC_1182

本堂にくるともう先に来ている人が写経を始めていました。
外人さんも以外に多くお坊さんは丁寧に英語などで写経の書き方を教えていました。
私の前の外人さんは何度もオーマイゴット!!と言っていました(笑)
下書きの上をなぞるので間違えはないですが、書きなれない筆を使うのでかなり気は使いました。
そして最後に自分の願い事を書いて提出します。そして住職さんの説法・般若心経の唱和をします。本尊に永久奉納していただくようです。約40分の写経と般若心経を唱えて身も清められたような気がします。
そして願い事は何にしようかと考えましたが、とりあえずこれといった願い事が思い当たらなかったので無難に「家内安全」と書いておきました。
DSC_1184

そしてやっとお庭の拝観ができます。
DSC_1186

約120種類の苔が境内を覆い、緑のじゅうたんを敷き詰めたような美しさから「苔寺」とよばれている。奈良時代の僧行基の開創と伝えられ、室町時代初期の暦応2年(1339)に夢窓国師が中興開山した臨済宗の寺院。寺宝として夢窓国師像軸(重文)が所蔵されている。世界文化遺産に登録。
庭園(国特別名勝)は上下二段構えで、上段は枯山水、下段は黄金池を中心とした池泉回遊式庭園の二つからなっている。池には、朝日島・夕日島・霞島と3つの島があり、池の周囲は苔で埋め尽くされているが、作庭当時苔はなく、現在のように苔に覆われ始めたのは江戸時代末期といわれている。
DSC_1194

閑寂とした空気のなかに緑の苔が覆いつくす姿はみごとです!!
DSC_1202

光さす具合で苔の成長も違います。
DSC_1193

このような状態を保つにはやはり入場を制限しなければいけないと理解できますね。
DSC_1203

池のまわりを歩きながら感動のため息をつく・・・やはりここにも日本の美がある。
DSC_1210

芸術的な苔の模様。
DSC_1217

もっとうまく撮りたいが何枚も撮っていいのはわずか・・・この美しさをどう説明しようか・・・
DSC_1218

西芳寺・・死ぬまでに見ておきたい日本の景色、マイベスト10にあげたいと思います〜
DSC_1227

名残惜しい気持ちで西芳寺を後にしました。
DSC_1230

そして西芳寺前のバス停から今日の最後の場所広隆寺へと向かいます。
DSC_1233

途中渡月橋あたりで雨が強く降りだしてきました。
DSC_1234

バスに揺られること30分。太秦広隆寺前で降りるとすぐ、広隆寺がありました。
DSC_1237

雨も小雨になってきました。
DSC_1240

平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。
DSC_1242

国宝の弥勒菩薩半跏像は是非みたいと思いやってきました。
DSC_1243

弥勒菩薩(みろくぼさつ)とは「釈迦の死後56億7千万年後の世に降りてきて釈迦に代わって人々を救う未来仏」とされている。弥勒菩薩半跏思惟像(みろく ぼさつはんかしゅいぞう)は、片足を他方の足の上に乗せ台に座った姿で思索にふける弥勒菩薩像(みろくぼさつ)であり、人々を救済する方法を考え思索にふ ける様子を表現している。
DSC_1244

広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゅいぞう)=通称・宝冠弥勒(ほうかんみろく)は、1951年に国宝に指定され、国宝彫刻第1号となっ ている。切れ長の目や鼻筋のラインが簡潔で美しく、少しうつむき加減に思索にふける様子からは口元に穏やかな微笑みを浮かべているように見える。女性的と も思える華奢な体つきからは木肌が現れているが、制作当時は漆を塗った上に金箔で覆われていた。制作当時の日本の仏像には珍しいアカマツの木から彫り出されていることから朝鮮半島から伝来した像であるとする説が有力となっている。
DSC_1245

奈良中宮寺の弥勒菩薩とよく比較されます。私も弥勒菩薩半跏思惟像を前にして穏やかなそして愛に包まれるような気持ちになれたように思います。
DSC_1247

そしてバスで京都駅まで戻りました。16:20 新幹線の時間まで約2時間あります。
買い損ねたお土産を買い、荷物を引き取り、そして最後のお楽しみをしてから新幹線に乗ります。
DSC_1248

最後のお楽しみ〜
中村藤吉京都駅店。こちらで甘味をいただきます。
IMG_3328

これを食べてみたかった〜抹茶ぜりぃ〜840円
IMG_3324

この抹茶アイスと・・・
IMG_3325

抹茶ゼリー白玉で840円は安いわね〜
濃厚な抹茶のゼリーは最高よ!!一度お試しあれ〜
IMG_3326

チョコはお土産にしました。
IMG_3327

楽しかった〜充実そして感動〜そして日常を忘れた夢の2日間でした。
大きな失敗もなく無事に京都の旅を胸に普通の生活に戻りまた明日からがんばりま〜す

おこづかい帳(おぼえがき)

旅行代金21300円(葵祭拝観代含む)

交通費3080円(一日乗車券含む)
拝観料4600円
ご朱印代2000円
荷物デリバリー1500円
お土産代8790円
飲食代7477円
合計48,747円

ダウンロード (2)

バーナー

ブログランキング参加中!
京都三大祭り 葵祭と世界文化遺産西芳寺と広隆寺の弥勒菩薩像にポチっとね

初夏の京都 青もみじの旅その1 平等院鳳凰堂〜貴船

薫風さわやかな5月14日(水)初夏の京都を訪れました。
今回は私の休日、水曜日と重なった葵祭りが入ったフリープランのツアー。かなり激安だったのですぐ申込んじゃいました〜15日の葵祭り以外全部自由に動けるので私にとってもってこいの企画です。
1泊2日の初夏の京都楽しみたいと思います。。。。
全行程のっけちゃいます〜。

新横浜6:39発〜のぞみに乗り込み2時間の新幹線の旅。
8:40京都着、手荷物デリバリー(八条東口)に預け(750円)、JR奈良線で宇治駅に向かいます。
本日最初の観光地は今年4月、1年半の改修工事が終わったピカピカの宇治の平等院鳳凰堂をみにいきます。

※八条口手荷物デリバリーは9:00オープンなので15分ほど待つ羽目に・・・急ぐときは烏丸口にもあると今回わかったので次回はそちらにしよう。烏丸口は8:00オープンです。

9:30宇治駅着。静かなしっとりした駅です。
DSC_0922

平等院までは徒歩10分。宇治橋通りを歩いていきましょう〜
DSC_0924

歩くとすぐに中村藤吉本店が見えてきました。ここは超人気の甘味処。
DSC_0927

さっととばして行きます。
DSC_0926

すぐに宇治橋が見えてきました。
DSC_0932

結構大きな橋なのね〜
DSC_0931

川幅も長く渡月橋に並ぶ京都の有名な橋でしょう〜山を望み〜素敵な景色です。
DSC_0934

源氏物語、宇治十帖の夢の浮橋の舞台となった宇治橋です。橋の向こうには源氏物語ミュージアムもあるようです。
DSC_0935

源氏物語も学生の頃勉強したきり・・・しっかりとした記憶がない・・・さっといきましょう〜
DSC_0936

参道をすすみ・・・
DSC_0938

京都1200年の旅でも紹介されていたお店、稲房安兼さん。享保2年創業。かつては落雁を御室御所に納めていた老舗の和菓子屋です。茶団子が有名です。
DSC_0937

そしてさらに進むと見えてきました、平等院。
只今9:50 気温も上がってきました。修学旅行生がいっぱい〜
DSC_0939

ありました〜阿字池の周りにそって正面に向かいます。
DSC_0941

池の色が宇治の抹茶の色。
DSC_0945

じゃ〜ん!!これぞ鳳凰堂だ!
極楽浄土の宮殿をモデルにした、左右が鳳凰のがつばさを広げたような形になっている。
10円玉にも描かれているだけあってなじみが深い。
光源氏のモデルともいわれる左大臣で嵯峨源氏の源融が営んだ別荘だったものが宇多天皇に渡り、天皇の孫である源重信を経て長徳4年(998年)、摂政藤原道長の別荘「宇治殿」となったものである。道長は万寿4年(1027年)に没し、その子の関白・藤原頼通は永承7年(1052年)、宇治殿を寺院に改めた。これが平等院の始まりである。開山(初代執印)は小野道風の孫にあたり、園城寺長吏を務めた明尊である。創建時の本堂は、鳳凰堂の北方、宇治川の岸辺近くにあり大日如来を本尊としていた。翌天喜元年(1053年)には、西方極楽浄土をこの世に出現させたような阿弥陀堂(現・鳳凰堂)が建立された。
DSC_0947

平等院が創建された平安時代後期になると、日本では「末法思想」が広く信じられていた。末法思想とは、釈尊の入滅から2000年目以降は仏法が廃れるという思想である。しかし、天災人災が続いたため人々の不安は一層深まり、終末論的な思想として捉えられるようになり、この不安から逃れるための厭世的な思想として捉えられるようになる。仏教も現世での救済から来世での救済に変わっていった。平等院が創建された永承7年(1052年)は、当時の思想ではまさに「末法」の元年に当たっており、当時の貴族は極楽往生を願い、西方極楽浄土の教主とされる阿弥陀如来を本尊とする仏堂を盛んに造営した。(ウェキより)
DSC_0954

内部拝観は人数が限定されているため10:50の予約券をもらいました。拝観料は600円内部は別料金300円かかります。その前に隣にある鳳凰堂の宝物館の鳳翔館に行ってみましょう〜
DSC_0955

鳳翔館は梵鐘、鳳凰1対、雲中供養菩薩像26体をはじめとし、平等院に伝わる様々な宝物類を保存展示してあります。
DSC_0956

そして鳳凰堂裏の浄土院を参拝。
DSC_0957

その横でご朱印を書いてもらいました〜とうとう私もご朱印デビューです!
DSC_0958

そして10:50分内部見学です。平安時代を代表する仏師定朝の作であることが確実な現存唯一の仏像、本尊阿弥陀如来坐像をみることができました。不安におびえる人々を極楽浄土へ導くやさしいお顔でした。その他雲中供養菩薩像と壁扉画など平安時代、浄土教美術の頂点が集約されています。
この写真は本堂から池に向かって撮った写真です。
DSC_0959

修学旅行生の多さにはびっくりです。南門から出るときに、内部拝観は2時間待ちとなっていました。
早いうちにきてよかった〜
DSC_0960

そして宇治川のほとりを散歩して次の場所に向かいます。
DSC_0961

宇治川遊覧と鵜飼いもあるようです
DSC_0963

宇治川の中洲を渡ると宇治上神社があります。
DSC_0964

わぁ~いい景色〜
DSC_0966

鵜飼いの鵜たち。
DSC_0970

川を渡るとこんなモミュメントが・・・源氏物語宇治十帖。
DSC_0975

そして宇治のもうひとつの世界遺産、宇治上神社です。惜しくも改修工事中〜
DSC_0979

仮本殿となっている。ここには神様はいないようです。とりあえずお参りはしました。
DSC_0980

そしてご朱印もしていただきました。
DSC_0982

さぁ〜平等院と宇治上神社拝観も終え次の場所に移動します。
京阪線宇治駅より中書島で乗り換え出町柳駅まで移動します。待ち時間なしでスムーズです。
DSC_0986

出町柳駅から叡山鉄道に乗り換え〜ラッキーキララ号に乗れた〜座席が外に向いているパノラマにみえるよ〜
DSC_0987

そして貴船口駅〜緑がうっそうとしてきました。そこからバスで5分〜
DSC_0988

貴船の川沿いのせせらぎが聞こえてきます。
DSC_0996

5月から川床が始まって今日の気温は京都市内は29度くらいでしたけど7,8度は違うようです。すっかり涼しくいい感じです。
DSC_0999

流しそうめんもあるのか・・
DSC_1002

見上げるとこんな大きな木が・・
DSC_1004

相生の杉。
DSC_1006

奥の院まで行ってみたいがこの辺で折り返し。
DSC_1007

たくさんの川床料理屋さんがあります。
DSC_1010

1時すぎてお腹もすいてきました。
DSC_1013

貴船茶屋さんで落ち着くことに・・・
DSC_1014

清流と景色でマイナスイオンたっぷり〜
DSC_1016

川床料理はお値段はお昼でもかなりお高いですね・・私はリーズナブルに・・3500円の川床ランチにしました。
BlogPaint

ひとり川床初体験〜
IMG_3292

ちょっと涼しくなっちゃったので日本酒のぬる燗もいただいちゃいました
IMG_3290

焚き物
IMG_3291

よもぎ豆腐
IMG_3289

川魚と野菜の揚げ物
IMG_3294

じゃこご飯と香の物、赤だしです。
IMG_3296

デザートもつきます。かなりたくさんあってお腹いっぱいになります。
IMG_3297

貴船茶屋の花番さんに記念に写真を撮っていただきました。
BlogPaint

そして貴船神社参拝しま〜す!よく雑誌でみる貴船神社の入り口。
DSC_1025

緑がいっぱい〜赤い鳥居が目にしみる〜
DSC_1026

すてきでしょ〜〜
DSC_1029

見晴台〜ここから見る青もみじが最高でした〜感動〜紅葉は秋だけが美しいと思っていたのは間違いでした。この青いもみじの美しさは圧巻です。
DSC_1034

光がさす青もみじの織り成す景色は日本の美の誇りです!!
DSC_1035

しばし酔いしれて〜
DSC_1036

来てよかった〜
DSC_1037

御神木は
DSC_1040

桂の木。
DSC_1041

そして水の神 貴船神社に参拝。
DSC_1047

ここでもご朱印いただきました。
DSC_1048

川床もよかった〜貴船神社もよかった〜大満足〜
DSC_1049

さぁ〜バス停まで帰りましょう〜ここから鞍馬寺に向かう道ですね。次回は鞍馬まで行きたいね・・・
DSC_1050

貴船口駅
BlogPaint

駅のホームもいい味してます。ワンマン電車きっぷは買わなくていいのです。
DSC_1053

叡山電車帰りは小学生の遠足と一緒になって子供ウォッチングできて楽しかったです
そして出町柳駅で京阪線に乗り換えて祇園四条駅に着きました。
DSC_1057

南座を通って〜
DSC_1058

白川通りをぶらつきましょう〜
DSC_1061

祇園らしい景色が好きです。
DSC_1067


DSC_1072

巽橋は撮影スポットなのでなかなか人を入れないで写すのが大変なんですよ・・・
DSC_1073

舞妓さんが歩いてきそう〜
DSC_1075

辰巳大明神。
DSC_1076

京都ってやはり和服姿で歩く人多いですね。特に男のひとの着流しってかっこいいですね。
DSC_1077

そしていつものよーじやさんでお土産を買います。
DSC_1078

さぁ~河原町まで歩いてみましょう〜
DSC_1079

途中錦天満宮に寄り〜
DSC_1080


BlogPaint

錦市場をのぞいて。おいしい漬物屋さんにはたくさんの人。
BlogPaint

行列ができてるたこやき屋さんで6個いり180円のたこやきを買いました。
BlogPaint

そして阪急電車、阪急河原町から今日の宿泊先、西院まで行き、駅から歩いて3分のリノホテル京都についたのは6時すぎでした。秋とちがって夏の6時はまだ明るい。今日もたくさん歩いた〜さぁ〜ホテルにチェックインしてのんびりしましょう〜
DSC_1086

このホテルは去年の春に来たときに泊まったホテルです。フィットネスクラブの大浴場があるので今回は入らなくっちゃ・・・・
DSC_1087

1時間タップリお風呂に浸かり、サウナもしてさっぱりしました。
今日の一日楽しかったね〜たこやきとコンビニで買ったサラダとスイーツでおつかれさんの一杯を頂きます。
IMG_3302

ご朱印を眺めながら〜〜
IMG_3303


明日は葵祭と苔寺へ行きます〜天気が怪しいが晴れますように・・・・
ダウンロード (1)
バーナー

ブログランキング参加中!
堂々たる平等院と涼の貴船にポチっとね

京都の旅 2013秋 西本願寺〜龍安寺〜下鴨神社〜龍馬祭

京都の旅〜最終日の朝6:30起床〜昨日は遅かったにもかかわらず、すんなり起きれました。
昨日に引き続き、朝食バイキングをいただきました。京おばんざいがとってもおいしいです。
IMG_2572

いつも朝はこんなに食べないのにこういうときはしっかり食べれちゃうのがふしぎです・・・
IMG_2573

9:00にホテルをチェックアウト!なんと今日は小雨がパラパラと・・・
天気予報では午後から晴れてくるらしいが・・・・さぁ〜京都駅コインロッカーに荷物を預け、今日もバス一日乗車券を買って出発〜最初の場所は京都駅からバスで5分ほど、西本願寺前にやって来ました〜
DSC_0004

お堀を抜けると御影堂門。
DSC_0005

御影堂門をくぐってすぐ、ありました大銀杏!まだ紅葉してないですね・・・ホント今年の紅葉は遅いんだ。
まっ黄色の大銀杏みたかったんだけどな・・・
DSC_0008

そして御影堂!やっぱり大きいです。御影堂平成の大修理がずいぶん長いことかかっていたがこうやって全景をみられるのはうれしいです。やはりなんといってもこと大きな屋根瓦がすばらしいです。
工事中はビルのように囲われてなにも見ることができなかったんですよね。
DSC_0009

御影堂の中も広いしなんといっても木造建築でこんなに天井が高いのにはびっくりです。
DSC_0011

こちらは廊下の埋め木。多くの参拝者が行き交う縁側や廊下。そこには動物や植物、モノをかたどった木によって、節穴や亀裂が埋められています。参拝される人々を少しでも癒すことができればという大工達の粋な気遣いを感じることができます。
DSC_0014

さっきと反対側の大銀杏。こちらは枝が下に伸びてきているので支えを必要としています。
相当な樹齢です。樹齢は明らかではないが 御影堂 が寛永13年 (1636年) の建立であるところから
その頃のものでしょう〜このイチョウも天明8年 (1788年) や元治元年 (1864年) の大火の際に
火の粉を浴びながら生き抜いてきた木である
DSC_0019

大きな柱の下がこんな風に・・
DSC_0024

沓石といって柱または縁側の束柱を受けるために用いる 「石」で根石とも柱石とも呼ばれます
一見すると 本願寺 御影堂 の沓石は 「石」ではなく 「木」ですが木の隙間から中を覗くと 中身が石であることがわかりますもともと ざくろの木で造られていた 沓石を 江戸時代末期に親鸞聖人600回 大遠忌を迎えるにあたって修理が行われた際 木では腐る可能性があると 石が用いられました
その時 昔の面影を残そうと 表面を厚さ 3cm の木で覆ったのだと言われています
DSC_0023

そして西本願寺のみどころ唐門にきました。
DSC_0025

国宝 唐門は伏見城から移築されたようです。
DSC_0028

本願寺の南にある唐門は、黒塗りに極彩色の四脚門で、牡丹に唐獅子、竹に虎、麒麟に孔雀など数々の彫刻が施され、その豪華で精巧な様を眺めていたら、時間が経つのも忘れてしまうことから、別名「日暮らし門」と呼ばれています。
DSC_0027

麒麟や唐獅子の模様が描かれています。重厚なそしてきらびやかな雰囲気が感じられます。
DSC_0029

40分ほどの拝観で西本願寺を後にし、今度は龍安寺へ向かいます。
ここからはバスの乗り換えでまず西本願寺から(9系)堀川今出川に行き、乗り換えて(59系)龍安寺に行きます。きぬかけの道沿いで龍安寺だけ行きそびれていました。
西本願寺を出てバスに揺られて40分ほどで龍安寺に着きました。
DSC_0036

雨は小雨なので苦になりません。かえって雨に濡れた石砂利の上を歩くのもどこか静寂を感じます。
DSC_0037

石庭に入る前にこんなものが・・・目の見えない方用の触ってみる用のものです。
DSC_0039

そして石庭。よく写真でみる景色です。
DSC_0042

このあたりから曇っているのもありますが、カメラの調整が間違って設定されたようでピンボケ状態になりました。
この方丈庭園には15個の石があるといわれています。幅 22 メートル、奥行 10 メートルほどの敷地に白砂を敷き詰め、帚目を付け、15個の石を一見無造作に5か所、点在させただけのシンプルな庭である。巨大な中国の山水の世界を日本人独特の感性を研ぎ澄まして写した「枯山水」の庭である。最大の特徴は、「水を感じさせるために水を抜く」ということで、水を見立てられるようなものを作る。白砂も大海をイメージし、岩は島というより山である。近世の地誌類には、室町幕府に仕えた相阿弥の作庭と伝えるが、作者、作庭年代、表現意図ともに諸説あって定かでない。室町時代末期の作で特芳禅傑らの優れた禅僧によって作られたものとも伝えられる。
15個の石は、庭をどちらから眺めても、必ず1個は他の石に隠れて見えないように設計されているという。しかし、中の部屋から1ヶ所だけ15個の石全てが見える位置がある。ハルト・バン・パンダとマイケル・ライオンズによれば、それは方丈の間の中心であり、15の石の配置は、ここを根元とする「二分岐構造」になっているという。ただし、この程度の面積の庭に15個の石を並べれば、そのうちの1つは隠れて見えなくなるのはむしろ当然のことだとする意見もあり、これを表現意図とする考え方には賛否両論がある。なお、東洋では十五夜(満月)にあたる15という数字を「完全」を表すものとしてとらえる思想があり、15に1つ足りない14は「不完全さ」を表すとされている。また、日本には、日光東照宮の陽明門にみられるように、「物事は完成した時点から崩壊が始まる」という思想があり、建造物をわざと不完全なままにしておくことがある。(ウェキより)
DSC_0043

これは携帯カメラから・・・奥のしだれ桜は有名ですね。春の桜の時期にまた来よう。
IMG_2574

そしてお庭散策。しっとりした庭の苔がまたきれいでした。
DSC_0053

龍安寺の名所、つくばい。
吾唯足知(われ ただ たるをことを しる)<唯吾知足>と読みます。意味はこの文字のそのままを理解すればいいのです。
”私は今の私で十分満ち足りている。足りないものなどないのです。だから不平不満など生じない。これは釈迦が説く仏教の真髄で、「足ることを知る者は、貧しくても豊かであり、足ることを知らない者は、富があっても貧しい」という教え。なるほど・・・足りたない足りないといっている自分に反省します。
IMG_2575

なかなか奥が深い龍安寺です。そして鏡容池のまわりを散策。
IMG_2577

天気がよかったらもっと違う印象なのだろうか・・・
IMG_2580

趣深い龍安寺にはこのくらいの曇り空が似合うようにも思えてくる・・・
IMG_2581

さて龍安寺の次はバスで(59系)河原町今出川まで行き、(205系)に乗り換えて下鴨神社まで来ました。
DSC_0077

正しくは賀茂御祖(かもみおや)神社という。
下鴨神社の祭神の一柱である玉依媛命は上賀茂神社の祭神の賀茂別雷命の母親である。よって、下鴨神社は常に上賀茂神社とほぼ同じ歴史を歩んできた。この二つの神社は切り離して考えることはできず、二つ合わせて「賀茂社」である。参道は「糺の森」と呼ばれ、樹齢200〜600年の樹木が約600本もあるという。
DSC_0079

木々の間を瀬見の小川(御手洗川)、泉川といった小川が流れる。糺の森に見守られるように建つのが下鴨神社の社。本殿を始め、摂社や末社など国宝2棟を含む約70党の社殿が立ち並ぶ。境内には鴨の七不思議と呼ばれる現象がある。
DSC_0062

相生社の3本の木の幹のうち2本が途中でつながる「連理の賢木(さかき)は縁結びのご利益が。
木の葉がすべてギザギザに変化する「何でも柊」は出雲井於神社で見ることができる。
DSC_0080

下鴨神社参拝も終えて只今PM1:30 四条大橋まで来ました。これから龍馬祭の霊山護国神社まで歩いて行きます。ここからのコースは毎年欠かせないコースです。
DSC_0089

祇園のよーじやでお土産を買い、八坂神社に来ました。八坂の中を通り、
DSC_0093

石塀小路を通ってねねの道に出ます。
DSC_0100

そして維新の道にでました。今年も龍馬祭の看板が出ています。
DSC_0103

霊山護国神社に向かう坂が始まります。(この辺からカメラ撃沈)
DSC_0105

そして龍馬のお墓の前に来ました。祇園のローソンで買ったお供えの花とお線香を上げてお参りしました。その付近に写真を撮ってあげますよ〜という人がいたので撮影をお願いしました。まだ2:30頃なので人もまばらです。
BlogPaint

お墓横の龍馬さんと中岡さんの銅像。
BlogPaint

そしてまわりの墓石をみているとこんなものが・・・長州とかかれています。
IMG_2602

元治元年七月甲子十九日・・・・これは・・・そうです禁門の変で亡くなった長州の人たちのお墓でした。
BlogPaint

たくさんの命が失われたこの京都。そしてその歴史の礎のもとに現在の私たちが生きている。
幕末に限ったことではなく、縄文、弥生、平安・・・戦国と・・・様々な年代において日本の歴史があり、そこに招魂を燃やした人たちがいたんだ。現代も同じだ。何がよくて何が正しいのか・・・その時代に生きた人が最善の努力をしてこの時代を駆け抜けるのだ・・・そう思うと自分の生きた証がどこにあるのかと・・・
それでも私はこうして時代を感じ歴史を重んじて自分の人生を終えていく・・・・ちっぽけな人生を・・
龍馬・・私も自分の人生、全うします。
龍馬の言葉どおり・・世の人は我を何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る・・・
IMG_2603

北川村の恒例の軍鶏鍋(しゃもなべ)もいただきました。
IMG_2582

そして3:30龍馬墓前祭が始まりました。今年もたくさんの人が来ています。
滞りなく式が行われ私も何かを達成した気分になりました。来年もまた来るね・・・
DSC_0135

日の暮れかかる坂を下りながら京都の町にさよならしました。
そして6:39発新幹線に乗る前に駅で中村藤吉の甘味をいただきます。
BlogPaint

抹茶ぜんざいです。濃厚な抹茶がとってもおいしい〜
IMG_2610

2泊3日の京都の旅 たいへん満喫しました〜また明日から平常にもどってがんばります
IMG_2607



IMG_2604
バーナー

ブログランキング参加中!
楽しかった古都京都にポチっとね


※注意 
全行程取材記録に間違いがあるかもしれません。
そして私的独断な感想でもありますのでご了承下さい。

京都の旅 2013秋 一乗寺エリア〜金戒光明寺〜天授庵

おはようございま〜す
昨夜はけっこう早く寝てしまい昨日の疲れは9割取れたようです。このホテルのベッドも程よく硬く心地よかったので安眠できました。というより疲れていたせいもあるかな・・・ということでホテルの朝バイキングの食事をして9:00スタート!今日は一日乗車券を購入して細切れでもバスを利用しようと思います。今日は一乗寺方面へ行きます。京都駅烏丸口より銀閣寺方面(5系)バスに乗車。均一区間よりちょっとでて追加料金160円を払い、一乗寺清水町で下車。歩いて7分ほどで曼殊院門跡に到着。
今日も快晴!気持ちがいい京都の朝です!

勅使門。高い石段の上に西に面して立つ曼殊院の正門
DSC_0306

苔が朝日に光って輝いています。
DSC_0310

バスと徒歩で1時間はかかりましたから、10:00を回っています。朝から拝観者も結構いるんですね。
でも嵐山地域より一乗寺のほうが落ち着いてゆっくり見れる感じです。
曼殊院は京都の紅葉スポットベスト5に入る紅葉の名所です。今年の紅葉は12月に入ってからのほうが見ごろでしょうかね。
DSC_0315

日のあたる中廊下から見える景色もステキです。
DSC_0317

枯山水の庭は芸術ですね。曼殊院門跡は洛北屈指の名刹である。門跡というのは、皇室一門の方々が住職であったことを意味し、勅使門の両側の塀に残る五本の白い筋はその格式を今に伝えるものである。
DSC_0323

ダイアナさんが来訪したお寺でも有名です。入り口に赤い水玉のワンピースをきたダイアナさんの写真がありました。
DSC_0328

枯山水庭園で有名な小堀遠州作。大書院前には遠州好みの枯山水庭園が広がっており、水の流れをあらわした砂の中に鶴島と亀島を配している。小書院は静かに水面をさかのぼる屋形舟を表現している。
鶴島にある樹齢400年の五葉松は鶴を表現している。そして、その根元には曼殊院型のキリシタン灯篭がある。公家風で趣味豊かな良尚親王の趣向を反映している。
DSC_0334

水を使わないで植木と石で表現する庭。何を感じるかは想像する側の自由でいいのだそうです。
DSC_0322

しばし座って鑑賞してみましょう〜
カメラは室内に向けて撮ってはいけないということでお庭の撮影は可です。
その他十雪の間の狩野探幽作障壁画も見てきました。もう微かにしかみえないほどあせていましたが・・・
DSC_0326

谷崎潤一郎が送った鐘。これは先日1200年の京都という番組で紹介されていました。
DSC_0337

40分ほどの拝観で次に移動。このあたりはのどかな田園風景が広がります。
DSC_0344

7・8分で圓光寺入り口に着きました。
DSC_0346

家康の命により慶長6年(1601年)に足利学校の第9代の庠主(しょうしゅ、学頭)であった閑室元佶を招き伏見城下に円光寺を建立したことに始まる。修業学校である。
DSC_0351

玄関にいたるまでの松の木もみごとである。
DSC_0353

中にはいると圧巻!すばらしい石庭。
DSC_0356

どの場所からみても美しい。
DSC_0358

風が強い日や台風時は手入れがたいへんだろうな。
DSC_0359

玄関の襖絵。
DSC_0362

水琴屈。竹の根元に耳を近づけるとキ〜ンという涼しげな音が聞こえます。
DSC_0366

庭園に向かってしばし鑑賞する。
素敵です。こんな風景が日本にはあると思うとやっぱり日本に生まれてよかったと思う。
DSC_0369

庭に向かって額縁のように撮った図も気に入っています。人はどうしてもはいっちゃいます。
DSC_0370

そしてお庭も歩いてみました。竹林もすばらしい。
DSC_0390

圓光寺も大満足でさぁ〜次へ・・そして歩くこと2・3分で詩仙堂です。
今日はスポットが近くに点在していることもあって、足の疲労はありません。それに拝観するのに靴を脱いであがって、中で座ったりできるからなんでしょうね。これなら今日は大丈夫とより元気になってきました。
DSC_0393

詩仙堂は徳川家の家臣であった石川丈山が隠居のため造営した山荘である。名前の由来は、中国の詩家36人の肖像を掲げた詩仙の間による。 詩仙は日本の三十六歌仙にならい林羅山の意見をもとめながら漢晋唐宋の各時代から選ばれた。
こちらもすばらしい庭です。この時ちょうど1:00くらいでしょうか・・真正面の日差しがすごいコントラストになってしまいました。
DSC_0396

石というより砂のお庭ですね。
DSC_0398

肖像は狩野探幽によって描かれ詩仙の間の四方の壁に掲げられている。
詩仙堂は正確には凹凸窠 (おうとつか) という。凹凸窠とはでこぼこの土地に建てられた住居の意味であり、建物や庭園は山の斜面に沿って作られている。 丈山は詩仙の間を含め建物や庭の10個の要素を凹凸窠十境と見立てた。
DSC_0399

今日もいい調子で進んでいます。バス停までいきましょう〜
DSC_0413

途中一乗寺下り松を発見!宮本武蔵決闘の場。
DSC_0414

宮本武蔵は、慶長5年(1600) 17歳の時、関が原の戦いで石田光成らが率いる西軍に加わったが西軍は敗れ、落ち武者となって諸国を遍歴しながら武道に励んだ江戸初期の剣豪。この武蔵、慶長9年(1605)京都の兵法家として名高い吉岡一門に挑み、吉岡清十郎を蓮台野(現在は佛教大学の敷地内)の対戦で勝ち、更にその弟の伝七郎を三十三間堂でも破った。吉岡道場は 、一門の面目に賭けて17歳の吉岡源次郎を名目人として、最後の一戦を挑んだ場所が、この一乗寺下り松。武蔵は、この決闘では源次郎をはじめ70数名もの門弟を相手にしたが、勝利している。
DSC_0415

そしてバス(5系)で真如堂へ・・
かなりいい天気で少し上り坂もあったので汗がでてきました。
しかし目的地入り口が見えたときの感動はいいものです。
DSC_0456

ここは少し紅葉が進んでいるようです。
DSC_0454


DSC_0453

本堂の前に白い縄が出ています。これは先祖とつながれていてそこを触って会話するのだそうです。
私もやってみました。目をつぶってさわっているとなぜか誰かが近くにいるような気持ちになってくるんですね。
DSC_0425

本堂で参拝すませ・・
DSC_0435

桜の季節もよさそうですね。
DSC_0421

またブーツを脱いで板の間を歩いて足のマッサージできてます。
DSC_0440

境内の景色を眺めます。
DSC_0438

三重塔 紅葉がきれいです。
DSC_0430

紅葉をめでながら・・・
DSC_0449

お茶処で
DSC_0444

甘酒をいただきます。
DSC_0447

今日も順調に進んでいます。只今PM2:30。真如堂隣の金戒光明寺へきました。
DSC_0489

正式名 くろ谷 金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は今年の大河ドラマ「八重の桜」でも度々登場していました、会津藩主松平容保公は尊皇攘夷運動の嵐が吹き荒れる中、京都中心の警護の命を受け京都守護職に任ぜられ、文久2年入洛ここくろ谷に本陣を構えた。境内の北東には会津墓地があり幕末の会津の戦死者たちが祀られている。
DSC_0488

立派な山門。
DSC_0481

南禅寺の三門にも並ぶ大きな門です。ここも上まで上がることができるので行ってみましょう〜
DSC_0482

上からの撮影禁止となっているため映すことはできなかったが、みごとな眺めでした。そして御影堂。ここから庭園につながっています。
DSC_0468

納骨堂。
DSC_0470

御影堂の中には新撰組が松平容保公と謁見した間がありました。松平容保公の座布団の大きさと厚さにはびっくりしました。
DSC_0472

そして方丈北庭。
DSC_0474

八重さんも覚馬さんもここを訪れていたのでしょうか・・・
只今3:30 ここから岡崎道を通って南禅寺に行ってみます。15分ほど歩きます。
DSC_0477

途中哲学の道に合流しますが、そこから人通りが増えてきます。
そして南禅寺の三門にきました。
DSC_0517

今回は4:00前で三門に登ることができます。
DSC_0516

夕日の京都の町がすっごくきれいです。絶景かなぁ〜
DSC_0496

反対側の山側。もみじも色づいていました。
DSC_0504

真下の瓦、小さく人が見えます。
DSC_0509

三門に登れてよかったです。さてここまできたらもうひとつ。お隣の天授庵へ・・
DSC_0518

そうだ京都へいこう〜の2013秋のキャンペーン寺院です。さすが人も多いです。
DSC_0519

5:00までの拝観時間で4時すぎ入ることができました。
DSC_0520

アプローチに導かれて・・・
DSC_0521

抜けた先は紅葉の鮮やかな方丈前庭でした。
DSC_0524

すばらしい〜みな口々にきれい〜と感激しています。
DSC_0528

しばし酔いしれる・・・
IMG_2544

古今と通じて変わらぬものは本当に美しいね。
BlogPaint

そうだ京都へいこう〜のキャンペーンポスターのアングル。あの奥の寺が南禅寺三門だということは知らなかった。しかしこの角度で撮るのは非常に難しかったです。入ってはいけないところぎりぎりで手を伸ばして撮ってみました。うまく三門は入らなかったけど・・・
BlogPaint

夕方5:00少し前。南禅寺を後にし、地下鉄東西線蹴上駅に向かいます。
途中インクラインが見えます。右手にはウィンストンホテル。
DSC_0545

蹴上駅より一駅東山三条駅に着いた。駅を出たらもう真っ暗だった。
DSC_0553

ここで降りたのも目的が・・・前回探しきれなかった石碑が・・・
今回は十分チェックしてきたので大丈夫だろう。あ・あった・・
DSC_0556

やっと探せた〜龍馬とお龍の祝言をあげた場所です。
調べていた建物の若干違うような・・・新しく建ったマンションのようです。やはりこういう場所のマンションは歴史的場所に配慮しているのでしょうか・・・古風な和風なマンションの造りです。
DSC_0555

さぁ〜夕飯にしましょう〜東山三条を歩いているといい感じのお店がありました。
あまり高くないよね・・・しっかり確かめて。
IMG_2554

わぁ〜すてきなお店。一番奥の箱庭の前に席をとる。
一人でも入りやすいお店です。
DSC_0561

今日もたくさん歩いたね。お疲れさん〜焼酎ロックでひとり乾杯!
IMG_2553

平安点心1980円京うどんもついてます。
IMG_2550

京料理も一度は食べてみなきゃね。にしんの佃煮やきのこご飯、天ぷらと女性好みな品です。
IMG_2552

今日の拝観はまだ続きます。青蓮院門跡のライトアップです。知恩院より北に上がったところにあって前から前を通るたびにあの青いライトが気になっていました。大きな楠の木が有名です。お龍のお父さんがここの医者だったということです。
DSC_0565

中に入るとこのような庭がありました。これはライトアップというよりイルミネーションといったほうがいいかも。時間で暗くなったり灯りが点いたり濃くなったりと変化します。しかしこういう嗜好はめずらしいですね。
DSC_0572

でもなんとも神秘的な感じです。
DSC_0573

正面の楠の木がバーンと青に浮かび上がる姿は圧巻です!
DSC_0574

そしてもうひとつの庭園のライトアップ。こちらもなかなかです。入場料800円とちょっとお高いかなぁと思いましたがこれなら納得です。
DSC_0584

竹林のライトアップもなかなかです!
DSC_0593

日本美!満喫〜
DSC_0596

大満足しました!
DSC_0600

そして祇園まで歩いていき、バスで四条烏丸まできました。まだ今日は終わりません。
これからよるバス観光に行きます。夜の京都の名所を見に行こうというもの。各名所のガイドとスポットでの遠隔操作でライトアップしてくれるので前から行きたかったところです。集合場所、四条烏丸COCON前。只今7:50
DSC_0604

MKバスがきました。そしてなんと私は最前列の一番よく見える席でした〜
DSC_0605

約1時間ちょっと。京都駅から東寺のライトアップ、西本願寺、二条城、京都御所を通って、京都大学の歴史の時計台を見て、平安神宮のライトアップ。
DSC_0607

知恩院の三門のライトアップ。
DSC_0615

八坂神社のライトアップ。夜の京都の名所を堪能しました。
DSC_0622

帰りは四条通りをまっすぐ、祇園の夜の町並みを楽しみました。
DSC_0624

充実の一日でした。そして昨日ほどの足の痛みもなく元気にホテルに帰りました。到着PM10:00でした。軽くビールをいただいて寝ましょう〜明日は最終日です。
バーナー

ブログランキング参加中!
すてきな青蓮院門跡のライトアップにポチっとね
プロフィール
写真で見るお気に入り記事
  • 大阪城 あべのハルカス 大阪旅行その2
  • 大阪城 あべのハルカス 大阪旅行その2
  • 大阪城 あべのハルカス 大阪旅行その2
  • ユニバーサルスタジオジャパン 大阪旅行その1
  • 日本三大奇橋 猿橋
  • 土佐高知の旅〜龍馬青春の道を辿る1
  • 土佐高知の旅〜龍馬青春の道を辿る1
  • 土佐高知の旅〜龍馬青春の道を辿る1
  • 土佐高知の旅〜龍馬青春の道を辿る1
  • 撮り鉄デビュー?
  • 靖国神社 遊就館
  • 名古屋に行ってきました〜その2犬山城〜明治村
  • 名古屋へ行ってきました〜 その1名古屋城
  • 三鷹の森ジブリ美術館へ行く
  • 2015春 倉敷・姫路城の旅
訪問者数

    いつもみてくれてありがとう〜

    最新コメント
    月間アーカイブ
    QRコード
    QRコード
    • ライブドアブログ